「なぁ、孝にーちゃん。白薔薇の君と手くらいは握ったのか?」
「うんにゃ、結納も間近とはいえ、まだヨソのお嬢さんだからな」
「はぁ? キサマは白薔薇の君を前にしてもそーゆー態度なのかよ!」
「うむ、にーちゃんは日々平らかにあるのが目標だ」

柚子にはそー言ったものの……、にーちゃんだって男なのだ。
母親譲りの地味な顔に父親譲りの地味な性格、自分のことは自分が一番よーく知っている。
白薔薇の君と呼ばれる佳人が俺に惚れる、などと言うのがそもそもの間違い……。
手を握る? そんなこと出来るわけないだろ?
自分の手をじっと見てみた。平凡な手、労働者の手だ。
そして白薔薇の君のすんなりとした細い白い手を思い出して……。

なんで白薔薇の君は俺なんかに惚れたんだろう?
いくら考えても答えの出ない問いがぐるぐると頭を駆け巡る。

結納を2日後の日曜に控えた金曜日。
ちょっとした事の確認をしに、会社帰りに白薔薇の君の屋敷へ立寄った。
急なことでご両親は留守だったが、白薔薇の君は在宅で俺を自室へ案内した。
男爵家の血を引くという白薔薇の君の家はゆかしい洋館で、屋敷のそこここに由緒ありげな
調度品がさりげなく置かれている。

……いつもながら、この優雅な雰囲気に俺はそぐわない気がしてならない。
気だけじゃなく、たぶん本当にそぐわない。
美しい手つきで紅茶をいれる白薔薇の君に見とれながらも、どこか心の奥が冷めているのは、
自分がこの優雅さに値しない人間であることを知っているからだ。
冷めている、いや冷めているわけじゃないんだ。
有頂天になったら手酷いしっぺ返しをくらいそうで、気持ちにブレーキをかけている……。

誘拐事件の時に白薔薇の君は俺に一目惚れした、ということになっているが、
あれは極限状態から開放された直後で気が緩んでいたのだろうし、そういう非常時でもなけれ
ば俺なんかに惚れるわけがないのだ、そーだろ?

「孝さま、どーなさいまして?」
白薔薇の君が顔を覗き込んだので、おもわずのけぞった。
「だ、大丈夫です、ちょっとぼんやりしてしまって! あ、そろそろおいとましようかなー」
「まぁ、もうお帰りになるの?」
薄紅に上気した頬がさっとかげって、白薔薇の君はうつむいてしまった。
えええええ、そ、そんな、そんな顔されても困るー。
「え、ええ。今日は早く帰ると妹にも言っておりましたし……」
「……孝さま、私のことお嫌い?」
「へ?」
うつむいた白薔薇の君の手にぽたぽたと涙が落ちて、俺は慌ててスーツのポケットを探り、しわ
くちゃのハンカチしかないことを呪いながら、それでもそのハンカチをポケットから出してオロオロ
した。
「どーしたんです……」
ハンカチを差し出すべきか?しかしこのハンカチで白薔薇の君の涙を拭く?このしわくちゃのハン
カチで?
俺は両手でハンカチを揉みしだきながら、椅子から半分立ちあがったり座ったりした。
しかし、いつまで経っても白薔薇の君は泣き止まず、更には肩まで震えだしたので、えーいまま
よ!

ガタガタと椅子を寄せて両手で肩をそっと抱き寄せてみた!
白薔薇の君がもたれかかってきて、胸に顔をよせてまた泣き始める。
うわわわーーーー!
栗色に波打つ豊かな髪から、ふわりと柔らかなバラの香りが立ち昇って……。
普通だったら惑乱しそうなその香りに、俺は覚悟を決めたのだった。

有頂天になって後でしっぺ返しをくらったっていーじゃないか。
非常時の一目惚れだっていーじゃないか。
そんなことにこだわって、今泣いている白薔薇の君を放り出してどーするっ!
一目惚れしたのは自分だってそーじゃないかっ!

「どーして泣くんです?」
「孝さまは私のことお嫌いなの?」
「どーしてそんな……。そんなことあるわけないじゃないですか」
「……本当?」
「本当です」
「でも、孝さまはいつも私から離れようとなさるわ」
「それは……。私はあなたにはふさわしくないただの平凡な人間で……」
白薔薇の君が泣き止んで、胸に頭をもたれさせてひっそりと息を呑む。
「なんの取り得もなくて、あなたのような美しい方は私にはもったいなくて……」

あまりに自分を卑下するのも哀しくて、それ以上は口には出さないけど。
憧憬、羨望、憧れ、それとは別に、嫉妬や妬み、僻みがあったことも事実なのだ。

「まぁ、孝さま。孝さまは平凡ではなくってよ」
「へ? そ、そう?」
「ええ、私はじめてお会いした時に雷に打たれたように感じましたもの」
「?」
「本当にコロボックルちゃんにそっくりで……」
う、ぅーむ、あまり、つーか全然フォローになっていないよーな……。

白薔薇の君が泣いて赤くなった頬を恥ずかしそうに両手で押えて身を起こした。
「ごめんなさい、泣いたりして」
涙で濡れた顔でにっこりと微笑む。
むぅ、美しー……。
夜露に濡れた薔薇に朝日が当たった、という風情。

そっと両手を握って「もう大丈夫ですか?」と聞くと、白薔薇の君は俺の手をじっと見ながらささや
いた。
「孝さまの手は美しい手ね」
「へ? この手のどこが?」
「人の為に働く尊いお手ですわ。力強くて暖かい手」
「……」
感動のあまり頬が熱くなった。
「……ありがとう。この手で一生あなたを守ります」
白薔薇の君が俺を見上げて微笑む。

繋いだ手をそのままにそっと唇を重ねた。
やわらかなくちびる。あんまり強いキスをしたら溶けてしまうんじゃないだろーか。。
つ、強いキスって、そ、そんな……。
それでも、薄く開いた口元に誘われるように……、い、いや、結納前なのにいかん。
いかんぞタカシ。
やっとの思いで身体を離すと、額には汗がびっしょり浮かんでいた。
「そ、そろそろ帰らなければ」
「そ、そーですわね。コロボックルちゃんもお待ちでしょうし」
白薔薇の君が赤い顔でぎこちなく言って立ち上がった。

「ただいまー」
「あ、にーちゃん遅かったじゃないか」
「うん、白薔薇の君のとこに寄ってきた」
「そーだったの? ……なー、にーちゃん」
「なんだ?」
「そろそろ、キスのひとつやふたつしてきたんだろーな?」
「ば、ばか言えっ! 結納前のお嬢さんを傷つけるよーなことは出来ん!」
「ほほーぅ、その割に随分赤面してるんじゃねーか?」
「!」

あぁ……。日々平かであるって、難しい……。



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