ピンポーン
インターフォンを押してしばらくすると柚子の目の前にあった扉が内側へと開かれた。
「こんばんは、更科さん。いつもありがとう」
中から現れたロレンスが部屋の中へ促すようにドアを広げる。
「先生、いっつも言ってるけどさーインターフォン押してるんだから、相手確認してからでなきゃ無用心だよ・・・」
片手に夕飯のおかずを入れた紙袋を提げ、相変わらずのおさげで寒そうにマフラーを巻いた柚子は呆れながら部屋の中へと入っていった。
「でも、更科さんのくる時間はいつもこのくらいだし・・・」
ロレンスはそんな柚子を見ながら嬉しそうに微笑んだ。
柚子はマフラーを外し、コートを脱ぐと玄関の洋服かけにかけた。
「ったく・・・。しょーがねーなぁ〜先生は・・・ご飯は炊いてある?」
勝手知ったるロレンスの台所に入ると、炊飯ジャーの蓋を開けて中を確認。
「・・・すいません・・・今日は会議があって・・・」
「むぅ〜〜〜〜〜先生はあっちで待ってて。」
ロレンスをリビングに追いやると、柚子は殻のジャーを取り出し、台所の戸棚からボウルで米を洗う作業に取り掛かった。


聖ミカエル学園の高等部を卒業して、1年と3/4年ほどが経とうとしていた。
柚子はエスカレーター式にミカエルの短大に通い、高校を卒業しても尚、ロレンスへの夕食の出前を続けていた。
既に担任ではないものの、未だに『先生』と言う呼び名は変えられずにいたが、柚子にとってロレンスが大事な人になっているのは本人にも十分に分かっている。
ロレンスの気持ちはどうなんだろう?
そんな事を考えながら、洗い終わった米をジャーに移し、炊飯器へとセットした。

柚子は濡れた手をタオルで拭くと、対面のリビングのソファーでクラシックな音楽をかけながら、何やら難しそうな英語の本を読んでいるロレンスの隣に座った。
「あっ更科さんありがとう。」
「なんの本読んでんの?」
柚子に気づいてロレンスが閉じた本の表紙を覗き込む。
「『数学のおちこぼれの拾い方』」
「・・・せんせー・・・国語の先生じゃなかったっけ・・・?」
「これは、まぁ・・・柚子ちゃんの手が空くまでの暇つぶしですから」
「あー・・・そう」
意味ありげな台詞を平然と言いながらニッコリと微笑むロレンスに、柚子は内心ドキドキしながらも平常を装った。
英国人のこういう言い回しは深い意味がないと、柚子はロレンスと過ごすうちに学んできてはいたのだが、やはり生粋の日本人の柚子には慣れないものだ。

「ところで柚子ちゃん、そろそろクリスマスだねぇ〜」
「あーそういえば、そうだねー。外もずいぶん寒くなってきたしね。クリスマスか・・・」
柚子は2年前の冬休みを思い出した。
商店街の福引きで当てたイギリス旅行。
ロレンスとその親友ラインハルトのおハルさんにルドルフ、後から合流した史緒と和音。
寂しい者同士と猫かぶり者同士、仲良く騒ぎまくった冬休み。
せっかく友達になった美しい声のおハルさんは、今はもういない。
「先生!お茶入れよっか!」
悲しい思い出を振り切るように柚子は立ち上がって台所へと向かった。
食器戸棚からティーカップを取り出すと、中にティーバッグを入れる。
イギリスの家にはお茶の種類も豊富でミルクの種類まで選べるお坊ちゃまのロレンスが日本の2DKではティーバッグなのが、柚子は少しおかしくなった。
「柚子ちゃん、どうしたの?」
「いやさー、実家じゃ色んな種類のお茶飲んでるのに、こっちじゃティーバッグなんだもん。なんだかおかしくって・・・」
「僕は本当は飲めればなんでもいいんだけどね。ベネットが凝り性なんだよ。こっちじゃ一人だし簡単に飲めるのが楽なんだよね。でも、柚子ちゃんが入れてくれればなんだっておいしいし」
柚子はニッコリと笑い褒め殺しするロレンスの前にティーバッグで入れた紅茶を置く。
「あ、そういえば・・・先生、今年も実家帰るの?」
ロレンスの隣に座り、紅茶をフーフーしながら尋ねる。
「そうだねぇ〜帰ると思うけど・・・どうして?」
「今年は史緒さんちでクリスマスパーティーやるって事で招待状預かってたの忘れてたんだ。ハイ、これ」
夕食のおかずの入った紙袋の中から招待状を取り出して手渡した。

ロレンスが受け取った招待状を開くと、そこには、
『ロレンス先生へ
きたる12月24日のクリスマス・イヴにささやかながらもクリスマスパーティーを開催いたします。
ご都合がつきましたらご参加お待ち致しております。

日時 12月24日 PM7:00から
場所 司城宅

尚、プレゼント交換を予定しておりますので、プレゼント持参の上お越しくださいませ。

司城史緒』
レース柄のカードには史緒の字と思われる手書きの丁寧な字が並んでいた。

「今年はねー、史緒さんトコの吉田シェフがものすごい料理作ってくれるらしいよー」
「ほぉ〜それは是非いただきたいね」
吉田シェフと言えば、以前史緒からティータイムにも手の込んだデザートが出てくると聞いたのを思い出した。
目の前に置かれたティーカップを口に運びつつ、史緒の家のディナーを想像する。
自分の実家とほとんど変わらないような豪華な料理が並ぶだろうな・・・と思いつつ、そんな料理も久々なロレンスの顔は思わず顔がほころんだ。
「先生もくるでしょ?」
「そういうことなら、クリスマスパーティーに出てからイギリスに帰る事にしようかな」
「早く帰ってあげないとベネットさんも寂しいもんなぁ〜。どうせならベネットさんも呼んじゃえば?」
「あはは。それはいいかもしんない。でも・・・」
ロレンスは言いかけると、急に席を立ち隣のベッドルームへ向かった。
何やら小さな紙袋を持ってくると、それを柚子に手渡した。
「なに、これ?」
手渡された紙袋に目を落とすと、中を覗き込む。
「・・・鍵・・・?」
袋を逆さに出して取り出すと手の中にマンションの鍵が落ちてくる。
「そう、僕の部屋の鍵だよ。柚子ちゃんに持っていて欲しいから。」
「そ、それは・・・えと・・・あのぅ・・・」
さすがにこれは、どう捉えるべきなのか、素直に受け取ればいいのか、それともただ単に夕飯を届ける為にと思えばいいのか・・・柚子が混乱して頭を抱えていると、
「柚子ちゃんって・・・もしかして相当鈍いですか?」
苦笑まじりにロレンスが尋ねた。
「ロレンス先生が留守の時に夕飯を届けて置く為・・・・じゃあないよね・・・?」
言葉の意味を噛み締めるように、ロレンスに確認する。

「んーと、じゃあ・・・ホントはクリスマスに渡そうと思ってたんだけど・・・」
ソファの脇にあるサイドテーブルの引き出しから、小さな箱を取り出すとそれを柚子の目の前で開けてみせる。
「だ・・・だいあもんどっ!」
見るからに高そうな大きなダイヤのはめられたエンゲージリングと思われるそれが目の前に差し出され、柚子の頭の中にはダンゴが連なる数字が渦巻いていた。
「ろっろれんすっ!こんな高いもん、いつの間に買ったんだっ!!すげーな、おい・・・こんなでっかいダイヤ初めて見たぞ!」
ダイヤに食い入るように見入る柚子にため息をつきつつ、
「柚子ちゃん・・・人が今からプロポーズしようとしている所で理性を吹っ飛ばさないでくれるかな・・・。」
「だって、これ何カラットあると思って・・・ぷろぽぉず?」
「まさか、僕の気持ち全然気づいてなかった・・・なんて事はないでしょ?」
今まさにロレンスの気持ちが確認できた事と突然の展開に驚いて声さえでない柚子は大きくぶるんぶるんと首を振るしかできなかった。
「・・・ホントに気づいてなかった・・・の?」
柚子の反応に本気で気づいてもらえてなかった事を悟り、愕然とする。
「英国人は平然と恥ずかしい言い回しをするモノだと思ってたから・・・特に深い意味はないと思って・・・」
「僕は柚子ちゃんの気持ち、分かってたんだけどなぁ〜・・・」
「う・・・」
自分でも分かるくらい顔に血が上って行くのが分かり、柚子はロレンス見られないようにうつむいた。
そんな柚子を見て、呆れ顔だったロレンスの顔に笑みがこぼれる。
「じゃあ、改めて。僕は柚子ちゃんを愛してるよ。だから、結婚を前提にお付き合いしてください。」

あまりの恥ずかしさに顔を上げることができず、柚子は小さく頷く事しかできなかった。
ロレンスは、これ以上にないくらい真っ赤にした柚子の顔を無理矢理自分に向けさせた。
「柚子ちゃん、ちゃんと顔見せて。それで、これを左手の薬指にはめさせてもらえると嬉しいんだけど?」
小さな小箱から指輪を取り出すロレンスの前に震える小さな左手を差し出す。
と、突然その手を引っ込める柚子。
「?」
ロレンスが不思議そうな顔をして柚子の顔を覗くと、
「ほ、ホントに、私でいいの?全然お嬢様とかじゃないし、ホントは平凡な一般庶民だよ?」
ロレンスは優しく微笑むと柚子の引っ込めた左手をつかみ、薬指に指輪を差し入れる。
「僕だって、2DKのただの国語の教師だよ。柚子ちゃんは柚子ちゃんでしょ?そんな柚子ちゃんが好きなんだよ。」
「・・・私も・・・先生の事大好きだよ・・・」
ロレンスはつかんでいた柚子の左手を引っ張り、柚子の体ごと自分に引き寄せて抱きしめた。
「その言葉をずっと待ってたんだ・・・」
ロレンスは柚子を体から少し離すと、小さなその愛くるしい唇へ自分の唇を重ねた。
長い口づけのあと、ロレンスの唇は首筋へと降りていく。
柚子の体をソファーに押し倒し、手はブラウスのボタンを外しにかかった。
「あ・・・ちょ・・・まっ・・・」
柚子の声に構うことなく、ブラウスのボタンはひとつ、ふたつ・・・と外れ、
ピッピッピッ
突然の電子音にロレンスの手が止まった。
「ご、ご飯、ご飯!ご飯炊けたから、ね?」
ここぞとばかりに柚子はロレンスを押しのけると胸元を直しながら台所へ走り去る。
残されたロレンスはソファーに座りなおすと、肩を落とした。
炊き立てのご飯を混ぜる柚子の後姿を見ながら、片方の膝に肘を付きながら苦笑する。
「ま・・・いっか・・・。とりあえずは・・・。」
独り言をつぶやくと、ロレンスは柚子の持ってきた紙袋の中からおかずの入ったタッパーを取り出し、柚子の手伝いへと向かった。

『そう、もう急ぐことはない。
もうすぐ彼女は僕だけのものになる―――――。』
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