〜浩生〜




―だから 熱海に行くのよ!あたし達!―


「早紀子ちゃん、わかってるから」
ここはニューヨーク行きの旅客機の中だ。
早紀子ちゃんは機内サービスのアルコールはサービスだとわかると、なるべく高そうな
酒をスチュワーデスさんに頼んで何杯かあおっていた。
「なんで熱海じゃなくてニューヨークなのよぅ〜?ニューヨークに行きたいかー!?」
いい気分で酔っ払った早紀子は、旅の恥はかき捨てとばかり、猫を脱いでしまっている。
「…早紀子ちゃん。それ、もうかなり古いから」

三月に早紀子ちゃんは自分の結婚式を破棄して僕の腕に飛び込んできてくれた。
相手は銀行家のお坊ちゃまで、ほにゃららなりに早紀子ちゃんには惚れていたらしい。
こちらから一方的な破談にしたのだが、謝る時の早紀子ちゃんの機転は見事だった。

普段、余所行きの猫をかぶった早紀子ちゃんはおしとやかな深窓の令嬢を装っている。
清らかな涙を流し、幼い頃からずっと僕を愛する気持ちを隠してきたが僕と再会した事で
やはり思いを断ち切れなくなった、というお涙頂戴なシナリオでお坊ちゃまを納得させた。
「もっと早くあなたに出会っていたら……」
これが決め台詞で、お坊ちゃまは感動し『男らしく』身を引いてくれたのだった。

…ただ、お坊ちゃまの胸で涙を流す早紀子ちゃんの足元に目薬が落ちていたのをこっそり
靴で隠したのは僕だった。
父さんと母さんは見ない振りをして頭を下げていたが、恥ずかしさを堪えて笑いで震えてい
たのを僕は見た。
早紀子ちゃんはずる賢いくせに、いつも肝心な詰めが甘いから放っておけないんだよな…。

早紀子ちゃんの名演技?で婚約の違約金はなんとか払わないで済んだが、父さんの会社
が経営不振な事に変わりはなかった。
丁度僕のニューヨークでの研究を買い取りたいという企業が現れてくれていたので、その研
究の成果を売れば、会社の負債は払える事になった。

これを機会にニューヨークでの留学は終わりにして、正式に日本に帰国して就職?する為、
手続きにニューヨークへといったん戻る事にしたのだが、結婚式場から逃げ出した花嫁という
汚名からほとぼりを冷ます為に今回早紀子ちゃんも同行する事になったのだ。

しかし旅行は「熱海」と決めていた早紀子ちゃんには、ニューヨーク行きは不満だったらしい。
しかも機内は禁煙というのも早紀子ちゃんの機嫌を悪化させていた。
普段はそんなに吸わないのに、吸えないとなると吸いたくなるものらしい。

全く面白い人だ、と僕は思う。
初めて桜の下で早紀子ちゃんを見た時から、『面白そうな人』だと僕は思っていた。

巨大な猫を背負い、見栄っ張りで欠陥だらけの彼女なのに何故こうも惹かれ続けるのか、
自分でもよくわからなかった。
だが、自分でも諦めかけていたあの桜の下で心細くなって立っていた幼い僕の手を 引いて家
に連れて行ってくれたのも、結婚式直前に見栄も意地もかなぐり捨てて僕を選びに来てくれた
のも、他ならぬ早紀子ちゃんだったのだ。

結局、僕はこの人には敵わないと思う。

すっかり昔の暴君だった早紀子ちゃんに戻ってしまっているが、僕は早紀子ちゃんの我が儘を
聞くのは嫌ではなかったしむしろ楽しかった。

「早紀子ちゃん、機内は禁煙だからこれで我慢して」
僕はあらかじめ早紀子ちゃんが機嫌を悪くする事を予想して、禁煙パイポを用意していた。
「浩生ー!あんた、あたしにこんなオヤジくさい物を咥えろっていうの?」
ブツブツ言いながらも、早紀子ちゃんは渡した禁煙パイポを咥えた。

「浩生ってばさ、昔の浩生に戻ったみたいだね。帰国したばかりの頃と別人みたい」
しばらく禁煙パイポを咥えて黙っていた早紀子ちゃんが、急に話しだした。
「そ、そうかな?」
「うん、外見はやっぱり昔と大分変わっちゃってるけどね。やっぱりあれ?あたしが結婚するっ
て言うんで嫉妬して反抗してたの?ほら、男の子って好きな子には意地悪したくなるっていう
じゃん。あんたってば、年相応の時に反抗期がなかったもんね」

早紀子ちゃんは うひゃひゃと一人笑いながらしゃべり続けた。
どうやら早紀子ちゃんは完全に酔っ払っているらしい。
しかも酔っ払いの癖に、かなり図星をついてくる。
彼女は絡み上戸なのか…余り酒を飲ませるのはやめよう、と僕は思った。

「ねぇ、優等生の浩生君。
せっかく外国で頑張ってきた成果を私らの為に捨てちゃうの、後悔しない?」
早紀子ちゃんは、急に真顔になって僕を見つめた。
急に何を言い出すんだろうね、この人は。
「別に捨てるわけじゃないし、後悔もしてないよ」
これは嘘じゃない。
研究に没頭するのは早紀子ちゃんを忘れようとする為でもあったんだから。
「おとーさんも おかーさんもさー、優秀な浩生君が自慢だったわけよ。 なのに、わらしらの為に
浩生君は前途ある未来を捨てようとしてるんだよねえ…。ちっさい頃から手のかからない子だっ
たけどさ、結局浩生君に全部負担をかけちゃって、おねーさんは悲しいのら〜」
半分ろれつの回らない口調で早紀子ちゃんは言った。

昔から強情なこの人は、お酒の力を借りないと本音が言えないのかもしれない。
「負担だなんて思った事はないよ。早紀子ちゃんに他の人と結婚されちゃう方が、僕としては困る
訳で…」

あ、この科白にはデジャヴーがある。
あれは高校の入学前、月夜の晩の桜の下で僕が早紀子ちゃんに言ったんだ。
あの時は大笑いされてかっとなってそのまま寮に逃げてしまったけれど。
「……」
僕は恐る恐る早紀子ちゃんを見た。
今回は爆笑はされなかった。代わりに早紀子ちゃんの頭が僕の肩にもたれかかって来た。
早紀子ちゃんはうつむいたまま、何も言わなくなった。
「言いたい事だけ言って寝ちゃったのか…」
僕は少しほっとして、早紀子ちゃんに毛布をかけた。
だが、今度は早紀子ちゃんの柔らかい髪と体温を感じて自分の鼓動が高まった。
何しろここはエコノミーシート。
普通に座っているだけでも身体が触れ合うほど狭いのだ。
自分でも恥ずかしいが、頬が赤くなってくるのがわかる。
ドキドキしながら僕は早紀子ちゃんの顎にそっと手をあて眼を閉じている早紀子ちゃんの唇に、
キスをしたいという誘惑に捕らわれた。

唇と唇が触れ合う瞬間、いきなり僕の頬に早紀子ちゃんの掌が当てられた。
「おいこら浩生。アメリカでは寝ている乙女の唇を奪ってもいい習慣なのか?」
早紀子ちゃんはぱっちり目を開けて僕を見つめていた。
「さ、早紀子ちゃん!狸寝入りだったのか」
「たっりめーだーな、あのくらいの酒に飲まれるわらしではなーい!」
やっぱり酔ってるよ、早紀子ちゃん…。
でもこの体勢はどう言い訳も出来なかった。
「ごめん、早紀子ちゃん」
まともに顔が見れなくなった僕は、急いで早紀子ちゃんから身体を離そうとした。
すると、いきなり何かが頭からかかって真っ暗になった。
早紀子ちゃんが、かけていた毛布を僕の頭にかけてきたのだ。
「わっぷ!早紀子ちゃん何するんだ!」
早紀子ちゃんは何も言わず、いきなり毛布の中で僕に抱きつき、自分から唇を合わせてきた。
こうして僕らはエコノミーシートの安い毛布の中で初めてのキスをした。
「大体なー、浩生は諦めるのが早すぎるんだよ。男に二言はない!武士は喰わねど高楊枝って
いうだろ」
…それ、違ってるよ早紀子ちゃん…
だけど僕は腕の中にいる早紀子ちゃんをもっと確かめたくて、あえて突っ込みを入れず今度は自
分から堂々と早紀子ちゃんを抱きしめ、何度も唇を重ねあった。

やっぱり、たまには早紀子ちゃんに酒を飲ませようかな…。
僕は早紀子ちゃんの唇を充分に楽しみながら、そんな事を考えていた。





4スレ目670氏

動画 アダルト動画 ライブチャット