「ダメだ……」
私は鏡を覗き込んでため息をついた。

3月。それは花粉症の季節。
夜中に無意識にこすっていたのか、赤く充血した目にコンタクトを入れると非常に痛い……。
「くそー。メガネにするか……」
真の美人はメガネが似合う女性だと言うが(言うのか?)、私はメガネが似合わない。
私は美人風ではあるが、真の美人ではないのだな。

「律子。今日はお隣へのご挨拶はナシ。 さっさと通り過ぎるのよ!」
「うん、ねーちゃんは本当にメガネが似合わないからなー」
「そーなのよ、もちょっと知的美人風になってもいいと思うんだけどね」
「うん、ただただ地味になるばかりだもんな」

一方、嵯峨宮家では茶碗にご飯をよそっていた兄弟が窓の外を眺めて
「千尋、あれはお隣りの諒子さんではあるまいか?」
「ん? いや、諒子さんはあんなに地味じゃないだろう」
「でも一緒にいるのは律子ちゃんだぞ」
「ホントだ、今日はどーして挨拶ナシなんだろう?」
と顔を見合わせていた。

さて。月中ともなれば仕事もさほど忙しくはなく、私は定時早々に上がることにした。
久々のメガネで軽く頭痛になりかけていたし、何よりこのメガネ姿を人前にいつまでも晒したく
はない……。
ああ、花粉が目に染みるなぁ。
バッグから出したマスクもつけると地味さに拍車がかかって、完璧に花粉症の人だ。
駅から自宅までの道のりを、うつむき加減でとぼとぼと歩く。
どーか知ってる人に会いませんよーに……。

ところがどっこい、実にタイミングよく向こうから歩いてきたのは……。
げっ。
嵯峨宮家の弟、売れない詩人なのであった。
さらに深くうつむいて、必要以上に道の脇に寄り、そそくさと足早にやり過ごそうとする。

「あれ? 諒子さん?」
「ち、違いますっ!」
「え? でも……」
駆け出そうとしたところを片腕を掴まれた。ああああー。
「やっぱり諒子さん。……い、一体どーしたんですっ?」
「いえあの、別にその、何でも……」
まじまじと顔を覗きこんだ詩人の顔つきが変わって青ざめると、
「と、とにかく家へ行きましょう」
私の腕を引っ張って急ぎ足で嵯峨宮家へ向かって歩き出す。
な、なに? どーなってんの?

もうすっかりお馴染みになった嵯峨宮家のリビングで、いれてもらったミルクティを飲む。
詩人は家に入ってから一言も口をきかず怖い顔をしている。
やっぱりメガネが気にくわなかったんだろーか……。
ミルクティに溶けたはちみつの甘さにホッとした瞬間、たれっと鼻水が垂れてきた。
無言でティッシュを取って鼻に押え付けると、詩人ががなんとも言えない表情で顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ん……」
「ちょっとは落ち着きましたか?」
「ううん? まだちょっと辛いけど」
「……そーですか」

なにやら思いつめた顔をしているが、どーしたんだろーか?
聞こうと思った瞬間、詩人が一瞬早く口を開いた。
「……いったい誰が諒子さんを泣かせたんです?」
は? はぁ? はぁぁあああああ?
あまりのことに口がきけないでいると、詩人がまた言葉を続ける。
「そんな詮索をする権利はないとは思いますが、諒子さんのことが心配で」
「そ、それはどーも……」
「振られでもしたんですか? そ、それともまさか、まさか誰かが無理やり……」

勝手に青ざめて立ち上がった詩人をあっけに取られて見上げる。
「諒子さんを泣かせる奴は許さない」
「ちょ、ちょっと待って。私別に泣いたりなんか……」
「何を言ってるんです、そんな真っ赤な目をして。僕の前では強がらなくてもいーんですよ!」
「いや、強がりなんかじゃ……」
今度は檻の中の熊のよーにうろうろと歩き始める。
「さ、嵯峨宮さん、誤解だよ……」
力なく言ってみるものの、耳には入っていないよーだ。
「すみません、一番つらいのは諒子さんなのに僕ひとりで熱くなって……」
そりゃ確かに花粉症はつらいけどさ。
しかし、さすが詩人だ。勝手に自分の世界に入りやがって……。

「ち、違うんだ、嵯峨宮さん、誤解なんだよ」
「諒子さん、つらいなら何も言わなくていーんですよ」
「わたし、花粉症」
「……へ?」
「花粉症で目が充血して鼻水が出てるだけなの」
「……か、花粉症?」
「そーなの。だから涙が出てるの」
「そ、そーなんですか……」
呆然としてソファに座り込んだ詩人を見て、なんだか可哀想になった。
「心配かけて、ゴメンね」
泣き笑いの表情で見上げた詩人は、やっぱりジューシマツのピーコに似ていた。

今度は詩人がまじまじと顔を見つめるので、なんだか恥ずかしくなって
「きょ、今日はさー、メガネだから変でしょー」
「や、変じゃないですよ」
「そ? 律子なんかは変だって言うんだけど」
「諒子さんはどんな変な格好したってきれいですよ」
「えへへ、そ、そお?」
にまにま笑っていると、詩人は何やらむっつりと怒った顔をしている。
「なんで怒ってるのさ」
「いや、ただちょっとカッコ悪かったかなーと思って……」
「あははー、そんなことないよー」

なんだ、この人は。人が心配してるってのにへらへらと。
メガネかけて、マスクのせいかほぼスッピンの顔して目を鼻を赤くしてさー。
……メガネ、とってやれ。
「ぅあ! 何すんだ」
いつもの諒子さんの顔、と言いたいところだけど、鼻も目も、さらに顔中も赤くなってしまった。
可愛いじゃないか、これじゃとても年上には見えな……。
まぁ、さっきの話じゃ告白したも同然だし、な。
抱き寄せてキスしてみると想像以上に慌てた。
「ななななな、何するだ」
「何って……、キスですよ」
「な、なんで突然わたしなんだ?」
「なんでって、好きだから」
腕の中で目を回している諒子さんを見て、そーかそーか、この姉妹はひどくニブいんだったと
思い出し、
「好きですよ」
と言ってみる。
「そっか……。突然でびっくりしちゃったよ」
「いや、どー考えても突然じゃないでしょう」
「そかそか、うん。そだね」

やっとにっこり笑うと、諒子さんは僕の首に両腕をかけて、ようやく僕達は大人みたいなキス
を交わしたのだった。

いや、大人なんだけどさ。

んー。。ちゃんとしたキスするのって何年ぶりだろ。
高校時代? 大学時代? いや、新入社員の時に同期のAと付き合った時以来か……?
あんまり久しぶりなんでやり方を忘れたかと思ったけど、ちゃーんと覚えているもんだ。
下唇をそっとなぞっていた千尋君の舌が口の際を通って中にするりと入り込むと、さすがに久々
の感触に背中がぞくっとした。
あ、千尋くんタバコ吸うんだ……。タバコの匂い、好き。
首にかけていた手を頭の上の方まで伸ばして柔らかな髪を撫でる。
舌と舌が絡み合う音、衣服が擦れ合う音が頭の中で響く。
一瞬離れた口の隙間から息を吸い込んで、また絡みつく。
……いつの間にかわたしは、ソファに押し倒されていたみたいだった。

「諒子さん、キスうまい……」
「えへへ、そ、そお? 久しぶりなんで忘れたかと思った」
「……久しぶり、とか、言わないの」
「ん……。千尋くん、タバコ吸うんだね」
「うん。……いや?」
「ううん。好き……」
またぎゅうっと抱き締められて唇をふさがれた。
ああ、それ以上するとあれやこれやとスイッチが入ってしまいそーだ……。
千尋君の手がわき腹を下りてきて、薄手のニットをたくし上げるように中に入り込んだ。
「ぁ……」
あ、声出る。こりゃダメだ。もうスイッチ入ってるじゃないかー。
ちょっと待て、ここじゃちょっとマズいだろ……。
「ち、千尋くん。ちょっと待って……」

息とともに吐き出した小さな声を聞いて、貪っていた唇を離し、一旦身体を起こしかける。
まくれ上がったニットや、乱れたスカートの裾が目に入って、その刺激的な光景に思わず我を
忘れそうになった。
「ち、千早さんが帰ってきたら、さすがにまずい、よね……」
「あ、そっか。んと。にーさんは今日は遅くなるとは思うけど」
頬を寄せて耳元でささやいた。
「僕の部屋に行こう」
うん、と目を伏せて頷いた諒子さんを抱き起こし、どこかへ吹っ飛んでしまったスリッパを探して
履かせ、メガネがないと歩けないと言うのでメガネをかけてやり。
こっちだよ、と階段を上がって廊下の突き当たりに、自室がある。

「へぇええええええ」
部屋に入って諒子さんは、それはそれは珍しい物を見るように目を見張った。
二部屋続きの自室は、手前が書斎兼仕事場で、奥に寝室がつながっていた。
諒子さんは仕事場にある天球儀や、壁一面の書棚や、飾ってあった星の写真集なんかを楽し
そうに眺めている。
「ここは仕事場です、ね」
「そっか、千尋くんは詩人なんだもんね」
「ええ、まぁ」
そのうち、室内用のプラネタリウムを見せてくれとか言い出すんじゃあるまいな……。
「わ! これプラネタリウム? 見せて見せてー!」
ああ、当たってら〜。
「諒子さん、僕の部屋にプラネタリウム見に来たの?」
ちょっと笑って言うと、さすがに恥ずかしそうに赤くなった。
いーですよ、と奥の寝室にプラネタリウムを持ち込んでスイッチを入れ、遮光カーテンを閉めた。
うーむ、寝室でつけるあたり、我ながら作為的だ……。

なるほど、さすが詩人だ。ロマンチストなのだな……。
闇に散らした星の光は、人工的に映し出したものとは思えないほど綺麗だ。
ダブルくらいの大きさがあるベッドに並んで座って見上げていると、なんだかどこにいるんだか
分からなくなってきたぞ。
星空の中で千尋くんがメガネを外そうとする。
「んにゃ、メガネ外すと星が見えない」
「後からかけてゆっくり見たら……」
それもそーかとおとなしく外されるがままになって、次はコンタクトで来よう、と決心する。
今度は軽くちゅ、と唇を合わせ、次第に深く絡み合う唇をそのまま受け止めて、でもついスイッ
チが入った時の用心に千尋くんの肘あたりに手を添えてみた。

まぁ、一度入ったスイッチはまたあっさり入るわけで、肘に添えた手はいつのまにか腰に回って
ぎゅっと力が入っていた。
千尋くんがわたしの首の後ろに手を添えて、枕の方に優しく身体を倒す。
ぱふっ、と倒れこむと、千尋くんのにおい、タバコが混じった懐かしいようなにおいが身体を包み
込む。
……このにおい、好きだなぁ。花粉症だからどーも胸いっぱいって感じにならないのが淋しいけ
どさー。
ベッドの上で見詰め合ってまた唇を重ねて、その唇が顎から首筋を通って耳元まで達した。
手が柔らかい動きでなめらかなニットの上をなぞって、そっとわき腹から中に滑り込む。
千尋くんの触れるところ触れるところが熱くなって、知らず知らずのうちに息が上がっていた。
「諒子さん、かわい……」
吐息とともに耳に入った言葉、いつの間にか背中にまわった指がブラのホックを外して、するんと
上半身が自由になった。
たくし上げたニットと、キャミソールと、ブラも全部一緒に頭から脱がされる。そりゃもう笑っちゃう
ほど上手に。
今度はわたしが、千尋くんのシャツのボタンをひとつずつ外す。乱れた髪を千尋くんが愛しそうに
撫でてくれる間に。
腕を抜いてTシャツを頭から脱がせて……。
なんか嬉しくなって裸の上半身を合わせてぎゅーっと抱き合ったのだった。

「諒子さんの身体、熱い……」
「うん……、スイッチ入っちゃったから」
「それ、僕が解除してあげないといけないスイッチ?」
「ん……」
スイッチが入っちゃったとゆー諒子さんの身体は確かに熱くて、そっと指先が触れるたびに息をつ
めて身をよじった。
なだらかな胸の曲線を撫で上げると、もうちゃんと頂でつぼみが僕の愛撫を待って震えている。
唇から顎、首筋に何度もキスを落としながら指で何度かつぼみに触れると、その度に諒子さんが
小さく息を吐いた。
やがて下におりた唇が反対側のつぼみを捕えて舌先が跳ねると、なんとも甘い声を漏らす。
「……どーしよ千尋くん」
「どしたの?」
「気持ちよくなってきちゃった……」
クソ真面目な申告に思わず頬がゆるんだ。
右手で乳房を揉みしだくと、あ、あ、と声を上げて僕の顔に腕を伸ばしてきた。
耳朶からうなじにかけてやさしく撫でられて……。
「諒子さん、僕そこちょっと弱い……」

諒子さんがくすりと笑ったと思ったら、ひょいと起き上がって僕の首を抱き寄せた。
耳朶に唇をよせて甘く噛まれて「ここ?」と吐息まじりに耳元で囁く。うっわ……。
中腰のまま諒子さんの肩に唇を這わせつつ右手で胸のつぼみに再び触れたとたん
「ぁ……」
耳元で諒子さんがかすれた声を上げて、背中がゾクリとした。
そのまま手を既に捲れ上がっているスカートの中へ忍ばせて、ゆるく開いた膝の間を奥へと撫で
上げる。
ストッキングの肌触りを通して湿った感触が伝わってきて、ストッキングの線をなぞるように何度も
指を上下させた。
首筋にしがみついて声をこらえている諒子さんを押し倒して乳首に吸い付く。
開いた膝の間に片足を入れて、ウエストのストッキングに手をかけて
「破っちゃったらごめん」
「ん……、いーよ」
と諒子さんが浅く腰を浮かせる。
一応丁寧に滑り下ろしてつま先から引き抜くと、薄布はひらりと床に落ちた。

つるつるした下着は布越しにもはっきり分かるほど濡れていて、スカートと一緒にそれも続けて脱
がせるとあらわになった身体を恥じるようなそぶりを見せた。
やさしく膝を押し開いて、指を押し当てて幾度か撫でるとそれだけで潤みが溢れる。
でも、中指を入れようとすると少し身体を硬くした。
キスも久しぶりって言ってたし、優しくしたほうがいいよな……。
でも心配するほどのことはなくて中指は飲み込まれるように潤みを押し広げて入っていく。
息をつめていた諒子さんが、ふはーと息を吐いて力を抜いた。
ゆるゆると指を動かしつつもう片方の手で尖りきった乳首を優しく嬲ると、薄明かりでも分かるほど、
諒子さんが眉をひそめて切なげな息を吐く。

ひそやかに漏らす小さな声と、吐く息と、淫らな水音だけが、星空が広がる室内に響いた。
親指でやさしく探って潤みのいただきの小さなつぼみを探し当てると、諒子さんの喉の奥から細く
高い声が漏れた。
たまらず顔をうずめ、親指で撫でていたつぼみを吸い上げた。びくんと腰が跳ねる。
中指の周りにさらに潤みが溢れて、舌先を踊らせるたびに内股がひくひくと痙攣して、
「ゃ、あ……。も、ダメぇ……!」
僕の髪の毛を掴む諒子さんの手に力が入って、中指がきゅっきゅっと締め付けられた。

ぱたりと頭の上にあった手がベッドに落ちて、諒子さんが目をつぶってはぁはぁと息をついている。
僕はベルトに手をかけて下着ごと一気に脱いだけど、恐ろしいことに気付いて青くなった。
「諒子さん……。ゴム、ない」
そーゆーことにしばらくご無沙汰だったもんで、ゴムがない。
「ん……」
諒子さんが首を曲げて僕の方へ気だるげな視線を向けて、そりゃもーうっとりするような誘う目で
「いーよ、そのままでも……」
「や、でも……」
「大丈夫な日だから、いーよ……」
「ほ、ホント?」

常々の諒子さんを見ていると、その言葉を信じるには一抹の不安があったわけだけれども……。
ちょっとばかしの不安には目をつぶって、もうスイッチ入りまくりの自身を押し当てる。
少しばかりの抵抗は溢れた潤みで帳消しになって、く、と飲み込まれた瞬間。
大いなる快感の前に、ちょっとばかしの不安なんか星空の彼方へ吹っ飛んでしまった。

まだやわやわと動く肉壁の奥へ誘われるように突き進む。
胸を浅く上下させて喘ぐ諒子さんの頬を両手で挟んで「諒子さん」と小さな声で呼んでみた。
「ん? なに?」
薄目を開いて僕の目を見つめ返す。
「いや、なんか嬉しくて」
にっこり笑うと、諒子さんもちょっと笑って僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「やっぱりピーコに似てる……」
ふふふと笑って、僕の首に腕を絡むと引き寄せた。ピーコ??
「千尋くん、もっかいキス……」
まぁ、唇を重ねるうちにピーコのことは忘れてしまったわけで……。

深く絡みあった唇の合間から、諒子さんのくぐもった声が漏れる。
息遣い、肌と肌の擦れ合う音、湿った空気の中で諒子さんの肌から立ちのぼる甘いにおい。
唇を離し、首筋に押し当てた。腋下と胸の谷間にも。そのたびにくすぐったそうに身をよじる。
はんなりと塩からい普通の汗なのに、南国の花みたいな甘いにおいがするのはなんで?
甘いにおいが鼻腔から入り込んで、確実に僕の何かが痺れていく。

わずかずつ体勢を変えて諒子さんの中を探っていく。上壁をこすりあげて奥まで。
ちょうど僕の先端がぴたりと噛み合う窪みを探し当てた時に、諒子さんがみじかく声をあげてしが
みついた。
「あ……、そこ……」
「ここ?」
「ん、あっ!」
幾度か往復してやさしく突くと、諒子さんの肌がしめって、甘いにおいはますます強く立ちのぼっ
た。
諒子さんの喘ぎ声が切迫して体内が小刻みに震え始めると、快感が甘く押し寄せて激しく突かず
にはいられない。
夢中になって突いているうちに喘ぐ白い肌が目に付いて、何度も唇で強く吸い上げた。

やがて迎える絶頂の時、諒子さんの肌から汗がふきだして濡れたように夜目に光った。
一瞬むせかえるような強い花の香りが周りを取り囲み、それだけで僕は果てそうになる。
僕自身を捕える襞が生き物のようにきつく動いて絡みついて、まるで僕が放つのを誘っているか
のようだ。
かろうじて直前までこらえて引き抜くと、諒子さんが小さな声を上げ、僕は彼女の下腹に快感を解
き放った。

まだ、互いの荒い息が交錯しているのに、やけに静かだと思うのは何故なのだろう?
さっきまでの極彩色に彩られた世界は急速に終焉に向かう。

ティッシュで諒子さんの下腹を丹念に拭いて、ついでにウェットティッシュで拭くと
「うは……、つめた」
「ごめ、こっちのほうがさっぱりするかと思って」
「ん、ありがと」
手早く自分も始末して立ち上がると、クローゼットを開いてタオルを出して「はい、タオル」とベッド
に放った。
くたりと四肢を投げ出して動かない諒子さんを見て、仕方ないなとタオルで首筋あたりを拭いてや
り顔をうずめた。

「さっき、諒子さん、すごくいいにおいがした……」
「そ? 全然分からんけど」
「今はもうしないけど、なんでだろう?」
「あー。香水じゃないかな、ほら」
諒子さんが自分の肘の内側を指差すので鼻をつけてくんくん嗅ぐ。
「これもいい香りだけど、違う。もっと南国の花みたいな甘いにおい」
「……気のせいじゃないのか?」
「そーなのかなー?」
まぁ、また分かる、かな。いずれ。いや、近々、明日にでも。うん、明日また確かめよう。
そのまま覆い被さってやさしく唇をふさぐ、もう今日何度目なのか分からない、キス……。

ピンポーン。
「あ、誰か来た?」
諒子さんが身を起こしてタオルで胸元を隠す。
しばらく耳をすましてみて、鳴り止まないチャイムに慌てて服を身につけると、そっとドアを開けて
階下を伺った。
ピンポーン。ピンポンピンポーン。
また連打されるチャイム。誰だよいったい。
「諒子さん、ちょっと見てくる」
階段を降りかけると、ガチャリと鍵の開く音。
千早にーさん?

「今日は千尋がいるはずなんだけど、おかしーな」
「すいません、ねーちゃん会社は定時で出たって聞いたんで、ここかと思って」
「でも、ちょうど玄関先で会えてよかった」
「あ、ねーちゃんの靴だ。やっぱりここだったんだな」
「ほー、にしては電気が消えて……」

うわわわわわわ。
部屋に慌てて戻ると、諒子さんはもう身支度を整えていた。
「り、律子ちゃんとにーさんが……」
ええ? と諒子さんの顔が真っ赤になって慌て始める。
「と、とにかく下に降りましょう」
うーん、これはさすがに気恥ずかしい状況だ……。

「あ、ねーちゃん。おかえりー」
紅茶を飲んでくつろいでいる妹を見て、少々めまいがした。
「会社の人から電話があってさ、定時で出たっていうのに帰ってこないから心配したよ」
「そ、そお? 帰り道に花粉症で具合悪くなっちゃったのよー」
「そっかー、もう大丈夫?」
「ん」
「諒子さんも紅茶、飲みますか?」
ポットを取り上げて千早さんが聞く。
「いえ、私はもう失礼します……」
「そーですか。千尋、ちゃんとご自宅までお送りするんだぞ」
「うん……」
「あ、ねーちゃん。千尋さんの部屋ってどんななの?」
ギクリ。
「えっと、そ、そーね。プラネタリウムがあった」
「ほー、プラネタリウムね……」
ち、千早さん、その見透かしたよーな笑顔は……。
「じゃ、これで失礼しまーす」
そそくさとふたりで出て行こうとすると、千早さんがにっこり笑って指摘した。

「千尋、ボタンの穴が1個ずれてる」
「あ……!」





おしまい。





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