花乃子は泣いていた。

広瀬の家を飛び出し、めちゃくちゃに走った。
細い路地へ続く階段につまずき、花乃子はそこへへたり込みひざを抱えて顔を埋めた。
その周りには後から後から花が溢れ出すように舞っている。
溢れた花は彼女の周りを囲い、その姿を覆いつくそうとしていた。
(お父さんのせいでもお母さんのせいでもない、でも、でも私、どうしてこんな風に生まれてきたんだろう。
異常で非常識で…)
美貴という女の子に言われた言葉は花乃子の心を深く抉り、いつまでも傷つけていた。

飛び出した花乃子を追いかけて家を出た広瀬は、彼女をすぐに見つけることができた。
彼女が通った場所には花が点々と落ちている。
ヘンゼルとグレーテルみたいだな・・・
拾った花をくるくると指で回しながら、彼は小さく微笑んだ。
やがて階段の中ほどに花の塊が見えた。それは小さく震え、その度にはらはらと花が舞い落ちた。
「花乃子ちゃん…」
花の塊はビクリと震えたがそれ以上は動かなかった。

「花乃子ちゃん、美貴が酷い事言ってごめんね」
広瀬は塊に近づくと花を取り除くように払い、花乃子を発掘し隣に座った。
ふわりと風が吹いて、落ちた花が揺れる。
「…」
小さな嗚咽に広瀬の胸も痛み、ゆっくりと優しく頭を撫でる。
「…です…ら…」
「え?」
か細い声が聞き取れず問い返すと、彼女は洟を啜りもう一度繰り返した。
「言われた事は…本当の、ことですから…」
切れ切れの言葉の意外な冷静さに思わず彼女を見つめる。
俯いたまま袖で涙を拭いながら花乃子は続ける。
「異常とか、非常識とか、妖怪とか…だって、こんな体質、おかしいですから…」
ははは、と乾いた笑いがもれる。
その言葉に広瀬の表情が曇るのを俯いたままの花乃子は気づかなかった。
「もう落ち着きました…私、帰ります。ありがとうございました」
泣いた跡の顔を見られないように立ち上がり、スカートの砂を払う。
もうこれ以上、ここに居たくなかった。彼が優しい分いたたまれない気持ちになり、逃げ出すように
身を翻すその腕を強い力が引きとめる。
思わず振り向くとまっすぐな眼差しが花乃子を捉え、彼女は反射的に目を逸らす。怖い、と思った。
広瀬は立ち上がり、掴んだ腕を引き寄せその胸に彼女を抱いた。
息が詰まるほどぎゅっと抱き締められ、彼のその突然の行動に驚き、身を離そうと腕に力を込めても
びくともしない。

「そんなこと言っちゃ駄目だ」
「あ…あの……?」
「僕はそんなこと思ってない。家庭教師も辞めない」
普段ほんわかとしている広瀬とはまるで別人のように、きっぱりと言い放つ。
花乃子はどうしていいかわからずただ、彼の服をぎゅっと握った。
広瀬は腕を緩め、涙が乾ききっていない花乃子の頬を両手で挟む。泣き止んではいたものの、瞬きのたびに睫毛に
涙が光る。その表情に笑顔は無かった。
広瀬は思う。
  (初めて花乃子ちゃんの笑顔を見たとき、嬉しかった。花が湧き出したのを見たときはびっくりしたけれど、
笑顔がなんて可愛いんだろうって…多分そのときから、いや、その前からきっと好きだったんだ。
だから僕は、あんなにも彼女の笑顔が見たかった…)

頬が温かい。花乃子は目を閉じた。
やがて唇が触れた。柔らかいキスだった。
花の香りが一瞬、濃厚になる。

再び抱き締められたが、花乃子は逆らわず温かな胸に頬を埋める。
その頬に優しい律動を感じて再び目を閉じた。
「花乃子ちゃんのその体質、とても素敵だと思う。・・・僕は、好きだよ」
「広瀬さん…」
頭の上から舞い降りてくる優しい声に胸が熱くなる。
抉られた心の傷に、そのやさしさが降り積もる。花のように静かに、ふんわりと。
嬉しくても涙が出ることを花乃子は生まれて初めて知った。
心の底から湧き上がる喜びにありったけの感謝を込めて彼を抱き締める。
「ありがとう…」
花乃子は微笑んだ。

ひなぎく、姫百合、桜草、スミレ、しゃくなげ、ノウゼンカズラ
桔梗、水仙、沈丁花、アマりリス、プリムラ、バラ、フリージア、スイートピー・・・

再び花が溢れ出し、二人は花に埋もれたまま、もう一度キスをした。
 
終わり





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