がくん、と膝から力が抜けたかのように、
彼女は急にその場に倒れた。
「ふ、蕗ちゃ…違った、沢登さん?!」
慌てて彼は彼女を揺り起こすが、反応はない。
見知った顔を見てほっとして気が抜けてしまったのか、どうやら気を失ったらしかった。
(疲れているんだろうな、きっと)
そう思って彼は彼女をそっと抱き上げ、車の後部座席に寝かせた。
そして自分は助手席に乗る。
「○×ホテルに行ってくれ」
「覚様?!」
「彼女の自宅と、ばあやには自分で連絡をするから」
「…かしこまりました」
運転手は何も言わず、彼の指示通り○×ホテルに向かった。

「…具合が悪くなったのかと思って病院に行こうとしたんですが、
 どうやら疲れが溜まって眠っているらしく、だったらと思って…。
 幸い、明日は日曜日だから学校はないだろうし、
 このままゆっくり休ませてあげた方が…ええ。
 あ、お金の心配はしなくていいですから…いえ、気にしないで下さい。
 じゃあ、何かあったら連絡を下さい」
そう言って彼は、それまで彼女の弟と話していた電話を切り、
いまだ目を開けないベッド上の彼女へ近づいていった。
「蕗ちゃん、か…」
ほんの数ヶ月前のこと、彼は彼女をそう呼んでいたのだ。
だが、今の彼は数ヶ月前の彼とは微妙に異なる。
「目を覚ましたら、僕はあなたをなんて呼べばいいんだろう…」
彼は白熱球の淡い光の中で眠り続ける彼女を見ながら、
ポケットの中のビー玉を握り締め、そうつぶやいた。




──夢を見ていた。
夏休み。避暑地の一日。
木登り。メンコ。缶けり。三角ベース。昆虫採集。
知ってる遊びならなんでもやった。
近所の子供と毎日遊んだ。
その子供達の中に、他の子とは違う子が一人。
その子に自分の眼は釘付けになった。
大人の顔をした大きな子供。
記憶を無くして子供になった、男の子。
その子が記憶を取り戻して大人になっても、
自分は忘れることができない。
夢の中でいつまでも、自分はその子と遊んでいた。
その子が自分を呼んだ。
「…蕗ちゃん…」
自分を呼んだ後でその子はだんだん自分から離れていく。
離れたくなくて、そばにいて欲しくて、
思わずその子の名前を呼んだ。
「覚くん!」


「はい!」
急に自分の名前を呼ばれた彼は、思わず返事をしていた。
その声に驚き、彼女は急速に意識を取り戻して目を開ける。
心配そうに自分の顔を覗き込んでいる彼と、目が合った。
その表情から、彼女は自分が呼んだ彼の名前が、
今の彼には似合っていないことを悟る。
彼もまた、彼女が急に目覚めたことで、
彼女の呼び方をまだ決めていなかったことを思い出す。
「あ……」
思わず顔を見合わせたまま、互いに口ごもる。
互いに互いを、なんと呼べばいいのか分からず、しばらくの沈黙が流れた。

最初に口火を切ったのは彼女の方だった。
「あ…あの…、ここ、どこですか?」
「○×ホテルですよ」
「どうして私、ここに寝てたんでしょうか」
「僕と会ったとき、急に気を失ったんですよ。
 だから僕がここに運んだんです」
彼は彼女に、ことの子細を説明する。
彼の言葉を聞き終えた彼女は、ベッドの上に正座すると、
彼に向かって頭を下げた。
「ご迷惑を掛けてすみませんでした。
 あの、ホテル代とか、かかったお金は全部返しますから。
 何年かかっても必ずお返します」
その言葉を聞き、彼は慌てて言った。
「頭を上げてください。
 それに、ここのお金は返さなくていいですから」
「いえ、そうはいきません。
 借りたものは必ず返すようにと、死んだ父も言ってましたし」
未だ頭を上げようとしない彼女に対し、彼は彼女の手にそっと自分の手を重ねる。
指先から感じた彼女の手の荒れ具合は、
彼女の楽天的な性格からは想像できないほどひどかった。

「沢登…さん」
彼はぎこちなく、他人行儀な呼び方で彼女の名前を呼ぶ。
「は、はい」
その声に彼女も少し身を固くしながら、顔を上げた。
「あの、その……お父さんのこと…
 間接的にせよ僕にも責任がありますから」
(嘘だ。これは、僕の本音じゃない)
彼の頭の中で別の自分が忠告する。
彼の本心は全く別のところにあったが、
唇からは裏腹の言葉を、貴島財閥次期後継者としての言葉を紡ぎだす。
「いわば僕は、あなたのお父さんの仇です。
 『人殺し』と罵られても反論できない。
 これは僕のエゴになってしまいますが、
 僕はお父さんの代わりに沢…登さんを助けたいんです」
そう言うと彼は海溝並みに深い溜め息をついた。

「さ…」
『覚くん』と言いかけてから彼女ははっとなり、口を閉じた。
「貴島…さん」
そして改めて彼の名前を呼ぶ。
彼女の声色もまた、彼と同じようにぎこちなかった。 
「父は…父は寿命だったんです。
 例えあのまま貴…島さんの会社の仕事を受けていたとしても、
 父の工場はかなり経営が苦しかったようですから。
 遅かれ早かれ、父は過労で死ぬ運命だったと思います。
 だから、私は父のことで貴島…さんを恨んだりはしません」
彼女は彼とは違い、その言葉に嘘は無かった。
(痛々しい笑顔だ)
にぱっ、と浮かべた彼女の微笑みを、彼は心の中でそう思った。

彼女はふと時計を見て愕然とする。
バイト先を出てから既にかなりの時間が経過していた。
彼女は自分が気絶しそのまま眠って時間を浪費してしまったことで、
バイトを終えてからの予定が大幅に狂ったことを知る。
急いで自分のコートを視線の先で探しながら彼女は彼に告げた。
「私、帰ります。明日もバイトがあるし、学校の宿題もあるし。
 電車で…あ、そうか」
こめかみに縦線を浮かべ、苦笑いをしながら、
「電車はもう無いから、歩いて帰れば朝までには家に着きます…よね?」
ベッドから起き上がり、クロゼットに向かう。
「介抱してくださって、本当にありがとうございました。
 今日のここのお金は必ず返します。
 今すぐって訳にはいきませんが、いつかきっと。
 それじゃあ、私はこれで失礼します」
クロゼットの中からコートを取り出し、
ぺこりと一礼をして部屋を出ようととする彼女を、
「待って」
椅子に腰掛けていた彼は慌てて立ち上がって引き止めた。
とっさに彼は、彼女の手首をつかんでいた。
「あっ……」
突然の出来事に彼女は驚き、小さく声を上げる。
「バイトなら、僕が手配しましたから」
「え?」
「明日はお休みできるんですよ。
 だから、明日までゆっくり、ここで休んでください」
「でも、その分のバイト代が…」
「それも心配いりません」
その言葉に、彼女は彼の方に向き直る。
「なんで…ですか?」
「僕が払いますから」
「そんなこと、しなくても…」
「迷惑ですか?」
彼女は彼の悲しそうな声を聞き、思わず彼の顔を見つめた。
「迷惑ですか?」
もう一度彼は、彼女に尋ねた。
「……どうしてそんなに、親切にしてくれるんですか?」
逆に彼女は彼に尋ねる。
途端に彼の頬が紅く染まる。


「…………」
しばらくの沈黙の後、
「沢…登さんには、僕が記憶を無くしていた2ヶ月の間、
 本当にお世話になったから」
彼はまた彼女に嘘をついた。
「僕が予定より早く記憶を取り戻したことで、
 バイト代が半分に減ってしまってたんでしょう?
 今、沢登…さんは弟さんの高校受験のこともあって、
 生活がかなり苦しいのではないですか?
 それに、さっきのビルの掃除のバイトも、強制的に止めさせられてしまったようだし。
 だから、夏のバイトの残り分を、
 あなたの今のバイト代として、僕が肩代わりしたらどうかと思ったんです」
彼女は彼の嘘には気づかず、
言葉どおりの内容を受け取り、相槌を打ち、言葉を返してきた。
「その話は、ばあやさんには働いた分だけ頂ければいいってお伝えしたはずです。
 金銭的に苦しいのは弟が高校に進学するまでで、
 弟さえ高校に入れば、入れ違いに私が高校を卒業しますから。
 それから後の生活は私が就職すればなんとかなると思うんです。
 だからご心配には…」
「…違う、違うんだ!」
突然、ほとんど絶叫とも取れる声を出し、彼は激しく横に首を振った。
その声に彼女はびくっと身体を硬直させ、言葉を失う。

ぎゅっ。
唐突に頭を胸に押し付けられる。
逞しい腕を背中に回される。
体が軋みそうなほど力いっぱい抱き締められ、
彼女は胸が詰まるような、しかしどこか心地の良い息苦しさを感じた。
「…どうして大人になると、
 人は素直に思っていることを口に出せなくなるんでしょうね。
 僕は、あなたに、謝りたい。
 僕の…僕のそばにいて欲しい。
 ただそれだけなのに、たったそれだけを伝えたいだけなのに」
「貴島…さん?」
「今の僕は、夏の頃の僕とは違い、
 別の言葉であなたをこの場に引きとめようとしている。
 あの時のように、自分の気持ちを素直に言葉に表現できない。
 大人になるということは、
 子供の頃と比べると実に醜く、汚く、心が汚れてしまう。
 嫌なものですね」

一瞬、幻が見えた。
あの夏の日の少年。
『これ全部蕗ちゃんにあげる。
 だから家に帰らないで、このままずっとここにいてくれる?』
9歳の覚くん。
『うちの子になりなよ。
 僕、お姉さんが欲しかったんだ』
そう言ったあの子の言葉を拒んだときの、
あの悲しそうな声が今の彼の声に重なって聞こえる。
あの時拒んでしまったあの少年──いや、今はこの青年というべきか。
彼女はこの人を再び悲しませたくはなかった。
その胸の温もりから、とても離れがたかった。
(だって、この人は…この人の心はこんなにも寂しがってるのに)
彼は今にも泣き出しそうなほど、身体を震わせ、彼女を抱き締めている。
(このまま放って帰るなんて、私にはできない)
彼女は顔を上げ、彼の顔を見つめる。
丸く光る瞳。
白熱球の光で、虹彩は微妙に色を変え、それはまるでビー玉のよう。
そのビー玉に吸い込まれるかのように、彼女は顔を近づけて。
くしゃ。
彼女は背伸びしながら、彼の髪型を崩す勢いで頭を撫でた。
その行動以外に、彼の心を癒す手段を彼女は知らない。
彼女はただ彼を励ましたくて、
「そばにいて欲しい」と言った彼の気持ちに応えたくて、
自分よりも背が高く、自分よりも年上の彼の頭を撫で続けた。

彼は、彼女を腕の中に収めながら黙って頭を撫でられ続けていたが、
ふと見れば彼女の吐息を頬に感じるほど、彼女の顔が近くにあることに気づく。
次第に、彼の中で撫でられる感覚が麻痺してくる。
(このひび割れた唇を、あかぎれた手指を、僕が直してあげられたら)
ほの暗い欲望が頭をもたげてくる。
(違う、そうではなくて…今、僕は全身でこの人を欲して…)
しかし、彼の頭の中に叩き込まれた、帝王学としての理性が警告する。
(…ああ、でも。この人はまだ学生なんだからそんなことはできない。
 それに、父さんや市村が知ったら怒られるだけじゃ済まないぞ)
それでも目の前の彼女に、自分を労わってくれるように優しく頭を撫でられていると、
(だが、しかし…少しだけ、いや一度でいいからこの人に触れたい)
理性がぐずぐずと融けてゆく。 
(…たった一度、それもごく軽くなら、彼女は許してくれるだろうか?)
乾ききって皮が浮き上がった彼女の唇に、
(思い切って触れてみようか)
そっと彼は自分の唇を重ねた。
「!」
その突然の彼の行動に、
目を見開き、頬に一筋の汗を浮かべたまま、彼女の表情は固まる。

一度は重ねた唇を離した彼だったが、
彼女が身じろぎ一つしないのをいいことに、彼は二度、三度と口づけを繰り返した。
「……んぅっ…?!」
気づけば彼は彼女の口腔を、その舌で荒々しく蹂躙していた。
「んんっ……う……ん……っ」
驚きのあまり、くぐもった声で抗議し、無理やり彼を引き剥がそうとする彼女。
しかし、彼は暴走し始めた欲望を止められなかった。
そのままゆっくりとベッドに押し倒し、
彼は服の上から彼女の身体をなぞるように掌でそっと触れる。
「ん……ぁ…あっ!」
それは彼女にとってはじめての感覚で。
彼から与えられるくすぐったくも心地よい感覚が、
彼の動きを止めようとしている彼女に混乱をもたらす。
「蕗子さん」
これまでにない呼び方で呼ばれ、
ズキン、と彼女の胸の内側に熱いものが宿る。
「僕は、あなたに……あなたを…」
額や瞼の上にキスを落とし、うわ言のように彼女を呼び、
「蕗子さん…あなたが欲しい」
彼は彼女の耳たぶをはみ、胸の形を確かめるように撫でながら、そうつぶやいた。
彼に言われたたった一言のその言葉で、彼女は彼から逃れられなくなる。
彼女のことを「蕗子さん」と呼ぶ彼には迷いが無かった。

「あなたが欲しい」
彼にいわれたその言葉が頭の中でぐるぐると駆け回り、
彼女は快感の波に飲み込まれていた。
衣服を脱がせ、首筋に舌を這わし、触れるか触れないかのぎりぎりの感触で身体を撫で回す。
そんな彼の行動を止めることができなかった。
身をよじり、背をしならせ、息を吐くことで声を逃し、彼の気が済むのをじっと待つ。
しかしそれでも敏感な部分、例えば胸の頂のビーズ玉とか、
ベーゴマ台に似た脇腹とか、内腿の滑り台などを彼に弄られれば、
「はっ…ぁあ、い…いゃぁ…」
吐息に嬌声が混じってしまう。形ばかりの否定の言葉が、唇から溢れ出す。
ゆっくりと触れられた下着のクロッチ部分が湿り気を帯びてくる。
(あっ…ど、どうしよう)
とその手の知識に乏しい彼女は、
別の分泌物が染み出しているのかと思って、困惑した表情を顔に出した。
その顔を彼は不安に怯えているものと思い、
柔らかく口づけて顔のこわばりを緩めてから、ショーツの中に手をこじ入れ、
彼女の最も敏感なところと思われる部分を、下から上へ何度もさすった。
「んっ……ふ、…ぅふん…うぅ…!」
耐え切れずに口元からこぼれる声が、彼の口中に吸い取られていく。
電流に似たものが背筋を通り抜け、がくがくと身体を震わせる。
そして。
これ以上ないほど彼女が身体を仰け反らせた瞬間、
彼は2本の指先で締め上げるように、ふっくらと膨らんだ肉芽をつまんだ。
「んぅ…っあぁぁぁぁっ…!!」
勢いで唇が離れ、甘い絶叫が部屋中に響いた。

(僕は今、何をした?)
その絶叫を聞き、はっと彼は我に帰る。
彼女の下着の中にある、自分の指にまとわりついたものを、
自分の下着の内側で、痛いくらいに張り詰めているものをまざまざと感じ、
彼は己の過ちに気がついた。
(いくら抵抗しないからといって、
 まだ未成年の彼女をこんなになるまで責めてしまうなんて)
「蕗子さん、ごめんなさい」
おそらくは初めてだったであろう絶頂に導かれ、
荒い息をついてベッドに横たわる彼女に、
「手荒なことをしてしまって、申し訳なかったと思います」
彼は苦悶の表情を浮かべながら詫びを入れた。
「今なら…今ならまだ引き下がれます。
 こんなことを僕にされるのが嫌だったら、着替えて隣の部屋で休んでください。
 鍵はそこのテーブルにありますから」
そう言うと彼は寝返りを打ち、彼女に背を向けた。
しかし、先程からずっと自己主張を続ける彼のものは、
自分の意思に逆らい、早く昂ぶりを逃がそうとしてビクビクと波打っている。
彼がその欲求を、彼女にしようとした衝動を、
なけなしの理性で否定しているのは彼の背中を見つめる彼女にもよく解った。

一度達してもなお火照る身体を持て余し、しかし自分ではそれを静めることができず、
彼女は彼の肩をつかんでゆっくりと引き倒した。そのまま身体を彼の方にすり寄せる。
「覚さん」
これまでとは違う呼び方で彼女は彼を呼び、
熱っぽく濡れた瞳で見つめながら、彼に告げた。
「私は──覚さんさえよければ、
 これで覚さんの気が済むのなら…それでいいです」
自分が彼が欲しているはずなのに言い訳じみた言葉を発してしまい、
自らが招いた恥辱で息を弾ませる。
細かく震える手で、着衣の上からそっと彼のものに触れた。
「う…くっ」
思わず彼は快いと言わんばかりの吐息を漏らす。
(もう後戻りできない。保健の授業でしか習わなかったけど…)
実際には友達からの噂話も少しは耳に入っていたのだが、
(今から覚さんと「あれ」を…するんだ)
少しの不安と、たくさんの期待とで口中に溜まった唾液を飲み下して覚悟を決め、
「だから…その…続きを…」
そう言って彼女はそのまま彼の唇に口づけた。
彼に触れている手を、恐る恐る上下に動かす。
彼のことを「覚さん」と呼ぶ彼女はもう少女ではなく、
一人の女として変身を遂げていた。

「続きを」
彼女に言われた言葉が渦となって、彼の理性を根こそぎ剥ぎ取っていく。
口中を貪り、肌を吸い、彼女の手を自分の欲望に強く押し付ける。
そうしながら彼は空いた手でYシャツとアンダーシャツをかなぐり捨てた。
ベルトに手を掛けたところで不意に彼の動きが止まり、
彼女の身体から彼が離れる。
彼からもたらされる快楽を陶然と受けていた彼女は、首をかしげて目を開けた。
彼はごそごそとポケットの中を探っていたかと思うと、
「これを…」
何かを出して彼女の片手に握らせる。
「握っていてください。
 これから僕は、今までに感じたことが無いほどの痛みで、
 あなたを傷つけてしまうだろうから」
そう言って、彼は彼女のその手の上に舌を這わせ、
荒れきった皮膚を癒すようにくまなく舐めた。
(この間までは弟みたいな人だと思ってたのに)
実際には頭ひとつ分も差がある身の丈と、兄と呼ぶにはやや遠すぎる歳の差を思うと、
未成年の自分に覆い被さる彼との「行為」にクラクラとした目眩を覚え、
(同じ人とこんなことをしているなんて、
 なんだかすごく…恥ずかしいような気がする)
彼女は思わず目を閉じた。
彼に舐められた拳の中で、何かがカチャカチャと音を立て響くのが彼女の耳に届いた。

学生らしい質素な下着をずり下ろし、
おもむろに彼女の脚を割り、彼は自分の肉塊を蜜壺に近づける。
熱い屹立の先で、同じように熱くなっている自分のものを軽くこすられて。
「あ…ぁう…っ…」
彼女は耐えきれなくて、彼に向かって何かをねだるような声を出した。
蜜が絡みついてテラテラと光る己の分身。
それを一息に突き入れたいという衝動を何とか押さえ、
彼はゆっくりと、彼女をできるだけ傷つけないように気遣いながら、
本当にゆっくりと彼女の壺中に圧し進めた。
「っぅ…くっ…ん゛ん゛ん゛!」
身体を真っ二つに引き裂かれそうな痛みに、大きな悲鳴をあげそうになる彼女。
枕元に投げ出した握り拳をさらに固くし、もう片方の手を口に当てることでその衝動を押し殺す。
「我慢はしないで。
 声を出して良いんですよ」
彼のものはまだ半分も埋まっていなかったが、
彼は一度そこで侵入を止め、抱えた足に口付けを落とした。

彼女の苦痛に歪む顔が元に戻ってから、
そしてまたゆっくりと最奥を目指して圧し入れる。
「あ、っぁあぁあぁっ…!!」
ブツリ、と何かがちぎれる感触を覚えた後はすんなりと腰を進めることができたが、
代わりに彼は彼女の目尻から幾筋かの涙をこぼれさせることになる。
その涙を彼は唇でぬぐい、きつく握られた手に自分の手を沿えた。
「すみません。泣かせてしまいましたね」
「いえっ、いいえっ…」
自分のためにとどまってくれた彼の厚意にぐっときて、彼女は慌てて首を横に振った。
「動いても…」
「は…、はい……ぃっ!」
形だけは彼女の了承をもらいつつ、ろくに返事を待たずに彼は緩やかに動き始めた。
(僕はあなたの父親から仕事を奪い、散々あなたに遊んでもらった恩を忘れ)
「つ…らい…ですか?」
「ぅ…っ…!
 …いえ、だい…じょ……ぅぶ…ですか…ら…ぁっ!」
(さらには…蕗子さん、あなた自身をこうして手篭めにかけて苦しめているのに、
 どうして僕を責めたり恨んだりしないんです?)
彼の想いが彼女に伝わっているような気配はなかった。
それどころか、壺中の肉襞はきついぐらいに彼の剛欲を締め上げ、
「ぅあっ…! ぁ…あん……ん、く…ぅっ…!」
痛みを訴える彼女の声には彼の煽情を駆り立てるものが混ざり始めている。
(いっそ自分を罵倒してくれたなら、
 こんな──こんなあさましい想いをあなたに抱くことはなかったのに)
そう思いながら、彼はゆっくりと抽送を続ける。

彼女の苦痛はいつの間にかどこかへ消え去っていた。
代わりにそこから発した熱が全身を覆い、身体に汗をかかせる。
彼に刺し貫かれる度に、感覚が意思を飲み込んでいく。
「っはっ、ぁ…あふぅ…ん……ぅ…うん…」
請われるままに彼の舌に自分の舌を絡ませ、
彼の背中に両足と、片腕を回すことで彼女は辛うじて意識を保っていた。 
しかし、その意識も大半を快楽に奪われて、
クビになってしまったバイトのこととか、弟の高校入試にかかるお金のこととか、
頭の中からすっぱりと、その悩みのすべてを消し去っていた。
自分を抱いている彼には輝かしい将来が約束されていて、
彼にとってこれは一時の戯れにすぎないであろうと、自分が思っていることさえも。
(熱い。身体が熱い…よぅ。
 心も、身体も、どこかへ飛んでいきそうだよぉ)
お願い、どうにかして。
そう彼に訴えたいのに、喉から絞り出された言葉は
先程よりも数倍強い愉悦によって意味をなさなくなる。
彼に握られている自分の手の内側からギチギチと鳴る音を掻き消すかのように、
彼女は遠慮のない喚声を上げた。

「だめだ、もう…抑えが利かない」
何かをこらえるように喘ぎながらつぶやいた彼は、
ぴったりと身体を密着させ、彼女の身体を抱え込むように腕を絡めた。
「蕗子さん、ごめんなさい。
 すみません、蕗子さん…」
彼女の耳に何度も謝罪の言葉を吹き込みながら、彼は最後の動きに入った。
「ひ、あっ、あ…ぁあっ…ん、あぁっ!」
それまでよりもずっと強くて、逞しくて、激しい動き。
その動きの1回ごとに、背中に回された彼女の腕が反動で解けそうになる。
その度に彼女は彼の背中に爪を立て、彼の背中に傷をつけた。
その背中の掻き傷を、彼は彼女にしたことに対する罰だと思った。
(この程度で許してもらえるとは思ってない。
 けれど、僕はあなたに対して犯した罪を、これから全て償うから、
 僕が生きている限り、必ずあなたを守るから)
「さ…とる…さん…、あ、あぁ…
 すぁ…と……ぅさ…ぁあんんッ!!」
彼の名前を呼びながら、彼女の白い首筋が弓なりに反り返った。
ぶるんと身体を大きく震わせたかと思うと、
彼のものに絡みついた肉襞がギュン、と一層締まる。
(あなたに…こんな酷いことをする僕を)
「うッ…あ、ぁ…くッ!」
(今だけ…今だけは…許して…ください…)
言葉で伝えられない想いを、彼は身体で訴えるかのように、
その熱い迸りを彼女の中へ放った。
彼女の身体から力が抜け、握り締めていた拳がゆっくりと開かれる。
開いたその手の中から、シーツの上に何かがこぼれ落ちるのを、
彼女は薄れゆく意識の中で感じていた。

「…ん……」
肩口にゴリゴリと当たるものを感じ、彼女はふと目を覚ました。
覚醒しきれないまま、シーツと身体の隙間に手を入れて、
そのゴリゴリした痛いものをつかんで目の前に持ってくる。
「…ビー玉? なんで布団にこんなものが…」
状況を把握しようと、身体を起こしかけたその矢先。
「…どう…しました?」
不意に声を掛けられ、自宅で寝ていたものと思っていた彼女は、
飛び上がらんばかりに驚き、声のした方に振り向いた。
自分に腕枕を与えながら、もう片方の手で目蓋をこする、彼がそこにいた。
瞬時に彼女は現在の状況を理解する。
自分の手の中にあるビー玉は、昨晩彼によって握らされたこと。
ベッド下に点々と散らばっている衣服の理由。
そして、脚の間の鈍い痛み。
自ら望んで彼に抱かれたことを思い出して、彼女は顔中を真っ赤に染め、
彼の視線から逃れるように大きく寝返りを打った。
「なんでも…ありません…」
彼に背を向けたまま、小さな声で彼女はつぶやき、
それっきり黙ってしまった。
そんな彼女を守るように、彼は何も言わず背後から抱き締める。

メッシドール。収穫の月。
テルミドール。熱月。
フリュクティドール。果月。
そして1年が終わり、
はじめのヴァンデミエール(葡萄月)に戻る。
「あ……」
思わず彼女はその手を開き、ビー玉を床に落としてしまう。
彼女が握っていたそれは、偶然にも葡萄色の輝きを放っていた────。


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